私の好きな本
小林秀雄「作家の顔」(新潮文庫)
より、「中原中也の思い出」
汚れつちまつた悲しみに……
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
たとへば狐の革裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
鎌倉比企ヶ谷妙法寺境内に、海棠の名木があったーー
こう書き出される「中原中也の思い出」は、それから尚12年が経ってからの随筆である。
ここには「取り返しのつかぬ事」などという、懺悔や後悔の文言は使われておらぬが、だからこそ尚とでも言うのか、終始そこはかとなく小林の慚愧の念で覆われている。
若さには「誤ち」があり、その先には「罰」も「後悔」も「更生」ある。
そして、まだその先だって。
どれもこれも、生きていればこそだ。
中也がその先に何があるのかも知らずに、抱えきれない汚れた悲しみに翻弄されたまま、旅立ってしまったことが、私はどうしてもつらくてならない。
2017年4月1日 鎌倉散策「本妙寺」にて